Synopsis
息子が高熱を出した夜、私は夫に、紙おむつを替えるあいだだけ手を貸してほしいと頼んだ。
一歳になったばかりの陽真は、触れるのが怖いほど身体が熱かった。下痢でおむつかぶれも悪化し、肌は赤くただれている。私が足を押さえてほしいと頼むと、夫の高瀬直哉は数歩離れたところで顔をしかめた。
「真帆、俺、紙おむつ触ると手が荒れるって前から言ってるだろ。皮膚科でも、なるべく触らないほうがいいって言われてるんだ。悪いけど、自分でやって」
言い争っている最中、陽真の身体が急にこわばった。
小さな手足が細かく震え、呼びかけても反応しない。唇の色まで変わっていくのを見て、私は紙おむつどころではなくなった。
すぐに119番へ電話した。
その夜、直哉はInstagramに一枚の写真を投稿していた。
防毒マスク姿の自撮りだった。
「家の空気、もう無理」
当時の私は、ただ育児から逃げたいだけなのだと思っていた。
翌日、病院のおむつ交換スペースで彼を見るまでは。
紙おむつに触ると手が荒れると言い続けていた男が、別の赤ちゃんのおむつを替えていた。
「ほら、きれいにしような。すぐ終わるから」
慣れた手つきで肌を拭き、軟膏を塗り、新しい紙おむつをつけていく。
隣に立っていたのは、直哉の元恋人、水野沙耶だった。
直哉は手袋すらしていない。
手の甲にも指にも、赤みはなかった。
赤ちゃんを抱き上げる表情は穏やかで、陽真には一度も向けたことのない優しさに満ちていた。
そこで、ようやく分かった。
紙おむつアレルギーなんて、最初からなかった。
直哉が嫌だったのは、紙おむつじゃない。
私と陽真がいる生活そのものだった。
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