Synopsis
「まだ落ちる先があるということは、まだ立てるということです」
後宮で、少女が杖で打たれようとしていた。罪状は、猫の膳から魚を一尾盗んだこと。
宮正司の女官・柳明々は、その杖を止めた。「畏れながら、申し上げます。一尾の魚を盗んだ者を裁く前に、一尾の魚が本当に盗まれたのかを、お確かめになるべきかと存じます」
娘は救われ、明々は降格された。
厨へ落ちれば毒を見分ける鼻を、染坊へ落ちれば色の止め方を、庭へ落ちれば土の読み方を覚えた。落ちるたびに、彼女は後宮の一つ下の階層を知っていく。そして名簿にたどり着く。毎年十月、二十人の宮女が「病死」と書かれて消えていた。三年前の十月の欄には、姉の名があった。
明々を庇うのは、後宮に一人だけ。地味な藍の衣を着て、なぜかいつも近くに立っている、名を珂という無愛想な男である。
六度目の降格で、彼女は最果ての冷宮に落ちる。そこには十年前に同じことを言い、狂ったことにされた廃妃がいた。壁一面に、消された者の名前が爪で彫られていた。
そして明々は、朝堂に呼び出される。
数ではなく、名前で数えるための物語。
柳明々(りゅう・めいめい)
後宮の風紀を取り締まる宮正司の司正。数えることと、匂いを覚えることが得意。確かめずに人を裁くのが我慢できず、そのたびに一つ下の局へ落とされる。落ちた先で必ず何かを覚えて出てくる。饅頭は半分に割る。二回おいしいので。
珂(か)
地味な藍の衣を着て、後宮の隅に立っている無愛想な男。明々が落ちていく先々に、なぜかいつも通りかかる。この国の皇帝である。それを、明々だけが知らない。
趙順(ちょう・じゅん)
宮正司の長官で、明々の上役。胃が弱い。明々が何か言い出すたび卓に突っ伏す。夜、灯り一つの部屋で、下手な字で何かを書き続けている。
呉媼(ご・おうな)
染坊で四十年、藍を染めてきた老女。藍甕のことしか話さない。明々に色の止め方と、この後宮の底の見方を教える。
厳氏(げん・し)
後宮の女官すべての頂点に立つ尚宮。二十四年この場所を回してきた人。誰よりも仕事ができ、誰よりも数を正確に把握している。
淑蘭(しゅくらん)
冷宮に十年幽閉されている廃妃。壁一面に、爪で名前を彫り続けている。十年前、明々と同じことを言った人。
小蓮(しょうれん)
魚を一尾盗んだと言われ、杖で打たれかけていた洗い場の娘。明々が最初に止めた一人。
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