Synopsis

《朝は朝だった。》 その一文に、三倉文乃は久しぶりに腹を立てた。 「まず、この朝から処分します」 本は読めない。自分の小説も書けない。 なのにその日、赤ペンだけが動いた。 原稿を持ってくるのは、訪問看護師の佐伯。 「心を開店しないでください」 「開店?」 「そういうところです」 彼が書く。 文乃が赤を入れる。 母は味噌になり、夜は必要以上に夜らしくなり、 たった一文をめぐって、今日も容赦のないやり取りが始まる。 笑ってしまう日もある。 どうしても読めない日もある。 赤を入れている途中で、言葉の向こうに何かが見える日もある。 けれど文乃は、その理由をうまく言えない。 佐伯も、聞かない。 机の上に残る原稿。 書きかけの一文。 使いかけの赤ペン。 なくしたはずのものは、案外、なくした場所とは違うところから帰ってくるのかもしれない。 書けない小説家と、原稿を書き続ける訪問看護師。 笑って、赤を入れて、ときどき立ち止まる。 その先で――彼女の物語はもう一度、息を吹き返す。

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Kakuyomu
Kakuyomu08/30/2026
  • Current本が読めない小説家、赤ペンを握る。