Synopsis

母の葬式を終えたその日、三十二歳の榊原美冬は、一軒の古びた床屋へ入った。

「できるだけ、短くしてください」

母が愛した、背中まで伸びた長い黒髪。
それは美冬自身が選んだ髪型ではなかった。

鋏が入り、長い髪が束になって床へ落ちる。
ショートヘアになり、さらにバリカンが走る。三ミリ、〇・五ミリ。そして最後には剃刀が頭皮を滑り、母が愛した髪は完全に消えていく。

髪を失えば、自分を縛っていた母から自由になれる――。

美冬は、そう思っていた。

しかし母の遺品から見つかった手紙をきっかけに、死んだはずの父、存在すら知らなかった妹、そして自分を産んだ「本当の母」をめぐる秘密が、ひとつずつ姿を現し始める。

母はなぜ、美冬の髪を長く伸ばさせていたのか。
なぜ父から届いた手紙を隠したのか。
そして、母が死の間際まで守り続けた「あなたのため」という言葉は、本当に愛だったのか。

髪を切るたび、美冬のシルエットは変わっていく。
ロングヘアからショートへ。
ショートから坊主へ。
そしてスキンヘッドへ。

だが、髪と一緒に過去まで切り落とすことはできない。

床に積もっていく黒髪とは反対に、美冬の前には、家族が積み重ねてきた嘘が次々と浮かび上がってくる。

愛情と支配。
母性と執着。
真実と記憶。

「あなたのため」という言葉ほど、残酷な嘘はないのかもしれない。

母を憎みながら、それでも母を愛してしまう娘の心理と、長い髪を失うことで少しずつ「自分の姿」を取り戻していく女性を描いた、断髪心理イヤミス。

そして物語の最後、美冬は知る。

――死んだと聞かされていた父は、生きている。

すべての真実を知ったと思ったその瞬間から、最後の嘘が始まる。

『髪のない女は、嘘をつかない』

床に落ちた髪だけが、何も偽らなかった。

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Alphapolis
Alphapolis09/09/2026
  • Current髪のない女は、嘘をつかない