Synopsis
神谷テクノロジーズ株式会社の忘年会は、駅前のホテルで開かれた。代表取締役社長の神谷怜司は、新任の社長秘書である相沢莉奈を連れて二十分遅れて現れ、私の隣に残っていた席を見ると、わずかに眉を寄せた。十年前には七人が古い雑居ビルの一室に集まっていた会社も、今では数度の資金調達を経て社員数が二百人を超え、取締役会と社外取締役を置くまでに成長している。
「朝倉、もう少し奥に詰めてくれ。相沢はここなら料理を取りに行きやすい」
私は皿を持ち上げ、長テーブルのいちばん奥へ移った。怜司は私が素直に従うと思っていなかったらしく、一瞬だけこちらを見た。その直後、スマートフォンが震えた。
「気にするな。新人に気を配っているだけだ。明日は映画に行こう」
私は一言だけ返した。
「わかった」
それで安心したのだろう。宴会場の中央にはビュッフェ台が並び、怜司は莉奈のために料理を取り分け、グラスが空けば飲み物を注いだ。酔った社員が冗談半分に酒を勧めると、そのグラスまで取り上げた。私たちは十年間も交際を隠してきたのに、彼は同じテーブルに私がいることさえ忘れたようだった。
莉奈が明るい笑顔でグラスを掲げた。
「社長はもうかなり飲んでいますから、この一杯は私が代わります。皆さん、来年もよろしくお願いします」
怜司は彼女の手からグラスを取った。
「これは僕が飲む」
Serialization Info
Web Novel