Synopsis
母は一度も僕を殴らなかった。怒鳴ったこともない。
だから、これは母のせいではないと思う。
高梨秀真は、地元で神童と呼ばれていた。
学年一位。陸上は県大会の常連。近所の人は母を羨み、
母は親戚が集まるたびに息子の話をした。
月曜はスイミング、火曜と金曜は公文、水曜はピアノ。
金曜の夜は英会話で、土曜の朝は書道。日曜はプリントを二日ぶん。
予定表は母の字で、冷蔵庫の横に貼ってあった。
六歳のとき、大きくなったら何になりたいかと訊かれて答えたことがある。
母が笑って訂正した。彼は訂正されたほうを言い直し、その場の全員が満足した。
十五歳の春、県内有数の進学校に合格する。母は泣いて喜んだ。
彼は何も感じなかった。
五月の実力テストで、三二〇人中一六八位になる。
真ん中より、八つ下だった。
それから十三年。
二十八歳の彼は、深夜、誰もいない建物の設備を点検している。
母からの未読メッセージは、四十七件になっていた。
誰も悪意を持っていない。
読み終えるまで、母を嫌いになる場面は一度も来ない。
「よくできました」と最後に言われたのは、十五歳の三月だった。
※精神的に追い詰められる描写と、自分が消えてしまいたいという気持ちの描写を含みます。該当話には相談窓口の案内を付けます。
※実在の人物、団体、学校とは関係ありません。
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