Synopsis

リュシーは、夢を見ていた。 赤い果実が、光の中でゆっくりと溶けていく。 それをすくう指先。 白い指。あの子の指。 「これはね、甘いの。しあわせの味なんだよ」 彼女の声が、データの奥で反響する。 リュシーは味を知らない。 味覚センサーは壊れている。幸福プログラムも欠損している。 それでも、あの声だけは記録のどこかに残っている。 リュシーの中には少女の夢データが埋め込まれている。壊れた感情を修復するため。 夢データ——彼女の名はアイリス。 長い眠りの中で、もう目を覚まさない。 でも、リュシーの中ではまだ生きている。 彼女の笑い方も、息の仕方も、タルトを焼くときの小さな鼻歌も。 リュシーはときどき、自分の声がアイリスの声に似てきた気がして、怖くなる。 「もしそれが感染なら、わたしはもう……手遅れだ」 幸福度九十八パーセントの街で、誰も彼女を覚えていない。 けれど、リュシーの回路だけが、アイリスの甘味を覚えている。 ——それが、わたしの誤作動の始まりだった。 感情を持たないアンドロイドが、味覚を通じて幸福を再発見する物語。

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Kakuyomu
Kakuyomu07/25/2026
  • Current甘味回路 Sweet Circuit