Synopsis
昼過ぎ。自宅の団地の薄汚れた通路に立ち、おれは部屋のドアに鍵を差し込んだ。その瞬間、ふと手が止まった。ほんのわずかだったが、胸の奥にひっかかるような説明しがたい違和感を覚えたのだ。
おれは鍵を握ったまま目を閉じ、耳を澄ませた――風が吹いた。団地の敷地に植えられた木々の葉が揺れ、さわさわと乾いた音を立てている。どこかで鳥が鳴き、少し離れた場所から別の鳥が応えるようにさえずりが重なった。遠くから、からからと自転車の走る音がかすかに聞こえてきた。いつもと変わらない穏やかな午後だ。
気のせいか……。
おれは小さく息を吐き、目を開けて鍵を回した。カチャリ、と軽い手応えが指先に伝わった。だが、その小さな音は横手から近づいてくる複数の足音に上書きされた。
おれは反射的に顔を向けた。
「どうも。――さんですね」
「お迎えに参りました」
Serialization Info
Web Novel