Synopsis
「ねえ、遼太郎くん。またそれ、読んでるの?」
私の問いかけに、目の前に座る小泉遼太郎は、わずかに視線を動かしただけで、すぐ手元の分厚い専門書へと視線を戻した。
彼の細い指先が、流麗な筆致で難解な数式をノートに書き連ねていく。
「ああ、木下。今、非線形力学の収束性について考えている。邪魔をするな。思考のベクトルが霧散する」
遼太郎はそう言って、めがねのブリッジをくいと押し上げた。相変わらずの塩対応。
三度の飯より数式が好き、という噂は本当らしい。
けれど、私が彼に恋をしてから半年。その冷たい反応も、今では一種の心地よささえ感じるようになっていた。
私、木下莉子。大学2年生。
これまでの人生、恋愛とは縁遠いところで生きてきた。
でも、この大学に入って初めて、自分の意志で誰かを追いかけるという経験をした。
遼太郎は、ただの「変わり者」じゃない。
自分の世界を誰よりも深く愛し、そこに一切の妥協を許さない、真っ直ぐな人なのだ。
第一話より本文引用
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