Synopsis
薔薇は咲いていた。
けれど、その花を誰が手配したのかを知る者はいなかった。
夜会は開かれていた。
けれど、その招待状を誰が確認し、誰に頭を下げ、誰に礼を尽くしたのかを知る者はいなかった。
帳簿は並んでいた。
けれど、その数字が一つずつ積み上げられ、無駄を削り、誰かの暮らしを守っていたことを知る者はいなかった。
それはいつも「当然」だった。
花が届くのも。
予算が足りるのも。
商人が笑顔で協力するのも。
騎士たちが不満なく働くのも。
すべてが当たり前。
あまりにも当たり前だったから、誰も感謝しなかった。
誰も見なかった。
誰も覚えなかった。
そして、ある日。
その「当然」は静かに消えた。
花は届かず。
帳簿は乱れ。
人は離れ。
信頼は崩れ落ちる。
誰かが壊したわけではない。
誰かが奪ったわけでもない。
ただ一人の少女が、自分の仕事をやめただけだった。
見えない歯車。
名もなき支え。
陰で差し出され続けた優しさ。
それらは失われて初めて価値を知る。
けれど。
失った後で気づいても遅い。
枯れた花は戻らない。
離れた信頼も戻らない。
だから少女は振り返らない。
もう謝罪もいらない。
感謝もいらない。
ただ、自分の力を正しく使う場所へ歩いていくだけ。
誰かの都合のためではなく。
誰かに搾取されるためでもなく。
自分の仕事として。
自分の誇りとして。
誰も見ていなくても咲く花のように。
誰も褒めなくても流れる川のように。
彼女は今日も数字を整え、人を繋ぎ、未来を支える。
そして世界はようやく知る。
最も価値あるものは、いつだって目には見えないのだと。
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