Synopsis
すべての不適合(バグ)を許さない。それが精密機械メーカーの品質管理部門に勤務する本村真一の生き方だった。そんな彼の前に、十年の沈黙を破って人生最大のシステムエラーが這い出てくる。
女の名は、田村夕子。
かつて真一の部屋に転がり込み、百五十万円の借金を背負わせた挙句、跡形もなく失踪した嘘つきのハーフ美女。「もう一度会いたい」――届いたのは、十年前と変わらない幼稚なメッセージだったが、真一の胸に宿ったのは、冷徹な是正処置(復讐)への欲望だった。
真一は真意を隠して夕子に接触し、困窮する彼女に厳格な「ルール」を課す。毎月の少額返済、日々の詳細な行動報告。そして、生存の対価(コスト)として重ねられる冷え切った肉体関係。嘘つきの野生動物を、自分の構築した檻の中で完璧に調教し、支配する。真一はかつてない全能感に浸っていた。過去のエラーは、美しく修正されたはずだった。
――あの一枚の写真を見るまでは。
夕子が「古い安アパートに帰ってきた」と送ってきた写真の片隅、キズだらけのローテーブルの上に、あってはならない「異物」が紛れ込んでいた。複雑なクレーターの刻まれた、高級な「ディンプルキー」。家賃数万円のボロアパートには絶対にそぐわない、最新の高セキュリティの鍵。
違和感を抱いた真一が「監査(現地調査)」を開始すると、夕子の語る「過酷な労働環境」というタイムラインが、すべて真っ赤な嘘であることが暴かれていく。尾行の末、彼女が例の鍵を差し込んだのは、洗練されたデザイナーズマンション。そしてその表札に刻まれていたのは、十年前、同じく夕子に騙された同志として傷を舐め合ったはずの男、滝川淳の名前だった。
夕子は、精神的支配に溺れる真一と、経済的庇護に満足する滝川の間を、完璧に泳ぎ回っていた。男たちの歪んだエゴに合わせ、それぞれが欲しがる「理想の夕子」を精巧に複製(レプリカ)して演じ分ける――それこそが、彼女の悪意なき生存本能だったのだ。
すべてを悟った真一は、冷酷な復讐のパッチを起動する。滝川の元へ破滅の引き金を投下し、狂い泣く夕子を冷徹に切り捨て、人生から完全に「排除」した。システムは正常化し、美しく統制された日常が戻った。
……だが、ある静かな夜、真一のスマートフォンが短く震える。そこに浮かび上がったのは、見知らぬアカウントからの、あの不自然なスペースの空いた文字列だった。
『いま しあわせですか?』
一度組み込まれたバグは、本当に排除されたのか?
人間のエゴと生存本能が牙を剥き合う、戦慄の心理サスペンス。
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