Synopsis
高校二年生・竹内透は、写真部の部室で過ごす「ふだん」の時間を、観察することだけで成立させていた。両隣に座るのは、ずっと隣にいた今村さんと、向こう側のクラスから移ってきた転校生のルウア。観察を本分にする写真部副部長は、鳩の数をノートに書き続ける、ふだんの記録者。そして、向こう側からきた金属質な少女・七瀬が、ときどき部室のドアの内側に、固まっていた。
ある朝、竹内の右手のひらに、薄い「格子」が、出ていた。きっかけは、たぶん、なかった。あった、と言われれば、あった気もした。
机を一台、教室の頂点まで飛ばしたのは、七瀬だった。机が止まる頂点に、ほんの一拍だけ、埃が遅れて流れた。彼女は、ある日、部室の竹内に「結婚してください」と告げ、別の日、川の土手で、水の下に潜って、鱗を持つ姿を、彼に見せた。竹内は、土手の上で「結婚しようか」と、返した。その夕方、竹内の見ていた「線」が、二本に、分かれた。
線は、こちら側と、向こう側を、繋いでいた。竹内は、知らない天井の下で目を覚まし、内山さんという、向こう側の少女と、出会う。手の温度は、こちら側と、ほぼ同じだった。線が震えた日、竹内は、自分の右手のひらから、青銀の光を、出した。撃ったあとで、何も、変わらなかった、ということが、いちばん、怖かった。
戻ってきたあとも、「ふだん」は、続けようとされた。母親の「いってらっしゃい」、信号待ちの位置、商店街のアンテナの上の鳩、教室の両隣。すべてが、ふだんの位置に、ふだんに、置かれていた──ほんの一段だけ、ふだんではない角度で。
七瀬は、アンドロイドだった。ルウアは「私たち、姉妹、かもしれません」と、ある日、言った。
ふだんが、戻らない日が、来た。街角に、ふだんではない三人が、いつもの位置で、ふだんに、立った日。すべてが、白くなった日。夢の中で、内山さんが、ふだんの声で、向こうから、最後の音を、置いていった日。「ありがとう、おねぇちゃんの旦那様」。
その翌朝、竹内は、祖父の遺品の銀色のカメラに、フィルムを、装填した。ファインダーを覗いて、商店街の方向を、構えた。アンテナの上に、金色の鳩が、二羽、止まっていた。シャッターに、指を、置いた。押すか、押さないかを、頭の中で、考えた。
押さなかった。ただし、戻さなかった。
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