Synopsis
昭和四十四年、東京。
大学に通う私には、「心中屋」という不名誉な二つ名を持つ友人がいた。
平坂柊啓。鴉の濡れ羽色の長い髪に、陶磁器のような白い肌をした、ぞっとするほど端正な男。喫茶店の最奥でいつも一人、静かに本を読んでいる彼は、私が知るどんな人間よりも浮き世離れしていた。
そんな平坂が私の話に耳を傾けたのは、私が引っ越したばかりの格安アパートで、毎夜、焼け爛れた女の悪夢に苛まれていると打ち明けた日のことだ。
火と煙。喉が灼けて声も出ない。白目のない真っ黒な瞳に、憤怒と怨嗟を宿した女が、私に迫ってくる──。
「僕が寝てみようか」
平坂は穏やかに微笑んで、こう告げる。
「僕が彼女を連れて逝こう」
その時はじめて、私は気づくのだ。
彼の首に、刃物で切り裂かれたような痕が残っていることに──。
貧乏苦学生の「私」と、「心中屋」と呼ばれた友・平坂が遭遇する、数々の怪異。
これは、その始まりの記録である。
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