Synopsis
朝倉紬、三十二歳。東京の出版社で文芸編集者として働いていたが、担当作家との行き違いと部署縮小をきっかけに退職する。逃げるように戻った尾道で、母・澪の葬儀を終えた紬は、実家の古書喫茶「潮待ち堂」を片づけていた。
母は、静かな人だった。
本音を言わない人だった。
そして紬に、父のことを一度も語らなかった人だった。
そんな母の文机から、十二通の未投函の手紙が見つかる。宛先は、瀬戸内各地の見知らぬ人々。手紙には、母の若いころの後悔、感謝、謝罪、そして誰にも言えなかった秘密が綴られていた。
紬は一通ずつ手紙を届ける。
尾道の元音楽教師。
竹原の資料館を守る男。
呉の造船所の二代目。
しまなみの島でレモンを育てる女性。
今治の老職人。
松山の元下宿屋。
小豆島の元看護師。
倉敷の写真館主。
下関の老漁師。
門司の古い喫茶店の店主。
手紙を届けるたび、紬の知らなかった母の姿が浮かび上がる。
母は、かつて瀬戸内航路の船で働いていた。
本を売り、手紙を預かり、港から港へと言葉を運んでいた。
そしてある嵐の夜、ひとりの少年を救おうとして、婚約者だった青年・三原蒼の人生を変えてしまった。
紬は母が誰かを傷つけたのだと思う。
しかし旅の終盤で、真実は違うと知る。
母は誰かを見捨てたのではない。
誰かを守るために、自分だけが悪者になる沈黙を選んだのだ。
最後に残った十二通目の手紙には、宛名がない。
けれど中には、幼い紬の写真が入っていた。
それは、母から紬への最後の手紙だった。
Serialization Info
Web Novel