Synopsis
婚約破棄された翌夜、エリシア・ヴァルトハイムは静かに眠った。泣きもせず、喚きもせず、ただ一礼して舞踏会を後にした。王太子ローデリックの言葉は明快だった。「地味だ。華がない。役に立たない」——三年間、彼の隣に立ち続けた婚約者への、最後の評価がそれだった。
翌朝、目が覚めると——屋敷の玄関に、手紙の山ができていた。
差出人は、軍事大国カルデアの王子。商業大国ルミエール連合の盟主の嫡男。魔法師の国マーリン評議会の代表。それだけではない。使者が列をなし、馬車が通りを埋め尽くし、求婚状は六十通を超えた。
「……なぜ?」
困惑するエリシアに、老執事グレイムは静かに告げる。ヴァルトハイム家は、この大陸すべての王家の源流にあたる古代帝室の直系。エリシアが王太子の婚約者であった三年間、他国は彼女に手を出すことができなかった。婚約解消は、すなわち"市場解禁"——各国が一斉に動いたのは、当然の結果だった。
さらに明かされる事実。アルデイン王国の財政改革を陰で支えた頭脳。外交を静かに動かしていた実務能力。そして——彼女が同席する交渉は、なぜか成功率が上がるという、古の血に宿る"調和の魔力"。
「役に立たない」と切り捨てた男は、自分が何を手放したのかを、今になって知る。
各国からの求婚に揺れながら、エリシアは初めて気づく。自分はずっと"選ばれる側"として生きてきた。他人の評価で自分の価値を測り、必要とされることで居場所を確かめてきた。
でも今、初めて——"選ぶ側"に立っている。
条件ではない。名声でもない。血統でもない。「私が必要とする場所」を、自分の意志で選ぶとき、エリシアの人生はようやく、本当の意味で始まる。
婚約破棄は、終わりではなかった。封印が、解けた瞬間だった。
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