Synopsis

ハーゼル村の祈り手見習いリコは、二十歳の冬まで、世界の半分が幼馴染レオンでできていた。孤児として教会で育ち、いじめられていた幼少の自分を、同じく孤児で兄貴分のレオンが体を張って守ってくれた日から、リコは祈り手の道を選んだ。腕力では追いつけない。けれど剣を振るレオンの傷を、自分が癒す側に回ればいい。十四年前の冬、井戸の脇でレオンが笑った。「俺たち、最強コンビじゃん」と。  その「最強コンビ」が、ある日試される。レオンが森で魔物に襲われ、瀕死で運ばれてきた。教会の祈り「神よ、癒し給え」は効かない。リコは祈りの形を捨て、傷口に手を当てて声を漏らす。「誰でもいい、レオンの出血を、止めてくれ」。出血が止まる。村人は神の奇跡として喜び、リコだけが違和感を抱える。神じゃない何かが、僕の言葉に応えたのかもしれない。けれど、その問いは棚の上に置く。  レオンの「外を見たい」という願いに従って、二人は王都へ向かう。教会本部の評価で、リコの祈りは規格外として認定され、聖人候補に推薦される。同時に教会内部の派閥対立に巻き込まれる。新しいものに寛容なラインハルト殿と、教義の保守者グリゴール猊下。「規格外の祈りは、両刃の剣です」と猊下は言う。リコは形式を整えるよう命じられ、研究を密かに続ける。  レオンは騎士団の補欠から本隊へ。二人は安宿の同部屋から共同宿舎の別住居へと住まいを変えながら、互いの体温だけは離さなかった。レオンの無自覚なスキンシップに、リコの心臓は静かに乱れていく。「俺、お前のこと、結構、好きみたいだわ」。レオンが寝台の隣で曖昧に告げた言葉を、リコは何度も頭の中で繰り返す。  王都で発生した火災で、レオンが瓦礫の下に閉じ込められる。致命傷。リコは形式を完全に捨て、極限まで具体的な指示で複数の損傷を同時修復する。レオンは助かる。けれどその祈りは目撃され、リコは「特別観察聖人候補」という名目で隔離される。月に一度の面会で、二人は机の上で見えない指文字を交わす。レオンが書く。「あいしてる」。リコが返す。「ぼくも」。  マリアム殿、ラインハルト殿、騎士仲間ヴィルヘルムの協力で、リコは深夜の白い塔から脱出する。馬で駆け抜けた街道脇の林で、レオンが声に出して告げる。「友達としても、兄弟としても、それと別のものとしても、好きだ。最後の『別のもの』が、いちばん、強い」。リコは涙でしばらく答えられず、同じ言葉を返す。  神は、いるのかもしれない。いないのかもしれない。リコは答えを出さない。出さないまま、信仰よりレオンを選んでハーゼル村に戻る。育ての親ロレンツ先生は淡々と「お帰り」とだけ迎えた。先生もまた、若い頃に同じ疑念に触れた人だった。一年後の冬、二人は教会の隅で、毛布の縁を半分以上重ねて眠る。神を選ばず、レオンを選んだ日々が、いま、始まっていた。

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Kakuyomu
Kakuyomu05/04/2026
  • Current神を選ばず、君を選ぶ