Synopsis
春の終わり。
湿り気を帯びた風が、制服の袖をやさしく揺らしていた。
コンビニの前で、ユイは立ち止まる。
自販機の横。いつもの場所に、いつもの人。
レンが壁にもたれていた。スマホをいじりながら、だらしなく。
でも、なぜか目を奪われる。ずっと前から、そうだった。
「なにしてんの」
声をかけると、レンは顔も上げずに答えた。
「待ってた」
「誰を?」
「お前」
「約束してないけど」
「今した」
勝手すぎる。
そう思いながら、ユイは自然と隣に並んで歩き出していた。
二人は幼なじみだった。
物心つく前から、ずっと隣にいた。家も近くて、学校も同じで、帰り道も同じ。
だからそれ以上でも、それ以下でもないはずだった。
ずっと、そう思うようにしていた。
「今日さ」
レンがぽつりと言う。
「なんか、距離近くない?」
「気のせい」
「気のせいじゃない」
レンが立ち止まった。ユイもつられて止まる。
ほんの一歩分の距離。
でも、やけに近く感じる。
「……なんでそんな近いの」
低い声。少しだけ掠れていて、耳に残る。
「だから普通だって」
一歩近づいてみる。試すように。
レンは一瞬だけ固まった。
「やめろ」
「なにが?」
「それ」
「どれ?」
さらに一歩。もう、腕が触れそうな距離。
レンの手が、ふいに伸びてきた。
ユイの腕を掴む。ぎゅっと。強すぎないけど、逃げられない力。
「わかってやってるだろ」
「わかってない」
そのまま、ぐっと引き寄せられる。
「……心臓うるさいんだけど」
レンが、小さく呟いた。
「お前のせい」
ユイの胸も、大きく鳴った。
「知らない」
そう言いながらも、目を逸らせない。
「離して」
「無理」
即答だった。
「今離したら、絶対また普通に戻るだろ」
「戻ればいいじゃん」
「よくない」
その言葉は、まっすぐで。逃げ道を全部塞いでくる。
「俺、もう限界なんだよ」
少しだけ苦しそうな声だった。
「ずっと我慢してた」
「なにを」
「お前のこと」
ユイは笑おうとした。冗談だって思いたかった。
でもレンの目が、あまりにも本気で。
「……なんで今さら」
「今さらじゃない。お前が気づかなかっただけ」
昔、一度だけ。
レンが「好き」と言って、笑われたことがあると、共通の友人から聞いたことがあった。
相手は冗談だと思ったらしい。
それ以来レンは、誰かに気持ちを言葉にしなくなったと。
「どんだけ近くにいても、気づかないし」
ユイはなにも言えなかった。
「どんだけ好きって態度出しても、普通に接してくるし」
レンは少しだけ笑った。困ったような笑いだった。
そのまま、ユイの手を取る。指と指が絡む。
「もう無理」
ぎゅっと。強く握られる。逃げられないように。でも優しく。
「お前のこと、誰にも触らせたくない」
「……なにそれ」
「そのままの意味」
「……離して」
「嫌」
「なんで」
「好きだから」
「……私の気持ち、聞かないの」
「聞く。でもその前に」
レンが、顔を近づけてきた。ほんの数センチ。
「逃げないって、言って」
ユイは少しだけ迷った。
でも。
逃げたいとは、思わなかった。
「……逃げない」
唇が、触れた。
やわらかくて、あたたかくて、思っていたより、ずっと優しかった。
一瞬だけ触れて、すぐ離れる。
「……今の」
「確認」
「なにそれ」
レンは少しだけ照れたように笑った。
「これで逃げられなくなった」
「ずるい」
「知ってる」
顔が熱い。でも。
「……好き」
気づけば、そう言っていた。
レンの目が、一瞬見開かれる。
「もう一回言って」
「やだ」
「なんで」
「恥ずかしい」
レンは少しだけ意地悪な顔をした。
「じゃあ、もう一回する」
再び、唇が重なる。さっきより少し長く。
「……ばか」
でも。手は離さなかった。
「なあ」
「なに」
「これからさ」
レンは、指を絡めたまま言った。
「全部、俺のにしていい?」
ユイは、小さく頷いた。
「……いいよ」
その瞬間、ぎゅっと抱きしめられた。
「後悔すんなよ」
「しない」
「絶対離さないから」
ユイは、そっと目を閉じた。
もう、戻らなくていい。
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