Synopsis

東京の広告会社で言葉を書いていた篠原蓮。自分の書いたコピーが、誰かの背中を崖で押したのではないか――その棘を抜けないまま会社を辞め、行き先も決めずに乗った在来線の終点が、汐見という名の小さな海辺の町だった。  駅から海へ続く一本道の先に、白い壁の銭湯があった。「海月湯」。番台に座っていたのは、八十二歳の女将・奥村時子。彼女は蓮の過去を訊かなかった。ただ、二階の空き部屋を貸し、薪の割り方を一度だけ見せた。  記憶の境目が溶けはじめた元漁師。父にスケッチブックを捨てられた高校生。母を救おうとして自分が救われていなかった建築士。フィリピンから来た介護士。それぞれの夜が、小さな銭湯にひとつずつ集まってくる。  時子は、ほとんど語らない。けれど薪をくべる手のなかに、帳面の小さな印のなかに、見えないものがある。  深いところほど、静かだ。  深いところほど、光がある。  これはひと夏の、六つの夜の物語。

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Kakuyomu
Kakuyomu04/14/2026
  • Current【短編小説】海月湯の煙が、今日も