Synopsis
昭和十年、京都・五条坂。
人形の頭(かしら)を彫り、最後に瞳を入れる——それが頭師(かしらし)の仕事である。 八坂透(やさか・とおる)は三十歳の頭師。寡黙で実直、腕は確かだが、ひとつだけ他人に言えないことがある。 左の眼が、おかしい。 人を見れば、顔の上に薄い膜のようなものが透けて見える。ときには二枚、三枚と重なっている者もいる。それが何なのか、透自身にもわからない。ただ、その膜が厚い人間ほど、笑顔の奥に別の表情が潜んでいるように感じていた。
婚約者だった紗世が死んだ。 穏やかで、笑うと目が細くなる女だった。だが左眼で見ると、紗世の顔には五枚もの膜が重なっていた。 葬儀のあと、透は紗世の戸籍に不審な点があることを知る。名前も、出身地も、年齢すらも——嘘だった。
紗世は、いったい誰だったのか。
五枚の膜の下に、本当の紗世はいるのか。いたとして、その顔はどんなものなのか。
透は、人形ではなく人間の「面(おもて)」を剥がすことになる。
"面"——人格の層、感情の残留。
拝み屋の嵯峨ふみは、透の左眼が視ているものを「面」と呼んだ。 面とは、人がその人生で身につける人格の層のことである。幼少期に形成された原初の面、社会生活で身につけた面、他人から押し付けられた面。通常は二枚から五枚が自然に形成される。七枚を超えると、精神に異常をきたす。 そして全ての面を失った状態は「空洞(うつろ)」と呼ばれ——存在そのものが消滅する。
面の最深層には「壁」がある。魂の殻。外側からはどんな手段を使っても開くことができない。壁を開くことができるのは、その内側にいる本人だけ。 しかし、壁は放置すると石のように硬化していく。その期限は、七月十六日——祇園祭・宵山の夜。
紗世の壁が石になれば、永遠に彼女の素顔には辿り着けない。
面を喰う者——ツラヌシ。
工房の棚の奥に、未完成の人形の頭がひとつ置かれている。いつからあるのかわからない。透が幼い頃からそこにあった。 ある夜、その頭が揺れた。 中から声がした。
「おまえ、その眼で"面"が見えるな」
名はツラヌシ。面喰い——人の面を喰らう存在。小さな未完成の頭を依代(よりしろ)とし、何百年もそこに在り続けてきたという。面を喰うことでしか自己を維持できない。面を喰い尽くせば自分自身が空洞になる危険を抱えながら、それでも喰わずにはいられない。 ツラヌシには顔がない。素顔が、ない。喰った面が溶け合い、もはや自分がどんな顔をしていたのかもわからなくなっている。
透はツラヌシと取引する。紗世の面を喰わせて剥がし、壁に辿り着く。そのかわり、ツラヌシには新たな面を提供する。 だが最初の面を剥がしたとき、透は知ることになる。 紗世の面は自然に形成されたものではなかった。誰かが、意図的に、人工的に貼り付けたものだった。
鳳条院嘉門——"多くの顔を持つ者は、豊かである"
名前を変え、場所を変え、人格を不安定にさせたうえで人工の面を貼り付ける。それを繰り返し、一人の人間を「別人」に仕立て上げる。 その技術を持つ男がいた。
鳳条院嘉門(ほうじょういん・かもん)。五十八歳。京都の裏社会に強大な影響力を持つ実業家であり、茶人であり、思想家。表向きは文化人として名を馳せながら、裏では人身売買と面の操作を組織的に行っている。
嘉門の屋敷の地下には「面の部屋」がある。百を超える人工の面が保管された、おぞましい空間。名を奪われ、顔を書き換えられた人間たちの記録。
嘉門の哲学は明快である。 「素顔などというものは存在しない。人間とは面の集合体であり、面が多いほど人間として完成している」 左眼で見ても、嘉門の面は感知できない。面を支配し尽くした者の顔は、もはや面と素顔の区別がつかないのか——それとも、嘉門自身がすでに空洞なのか。
透には、わからなかった。
面は外から剥がすものではない。
紗世の面を力で剥がすたびに、壁はより硬くなっていった。 紗世の中に、もう一人の人格——「かね」がいた。嘉門のもとで暮らしていた頃の名前。さらにその下に、幼い頃の人格「小梅」が眠っていた。面を剥がすたびに、紗世の過去が剥き出しになる。だがそれは同時に、紗世の魂を追い詰めることでもあった。
方法が間違っていた。 面を外から力で剥がしてはいけない。壁を外から叩いてはいけない。 内側にいる紗世自身が、自分の意志で壁を開かなければならない。
では、どうやって。 壁の向こうにいる紗世に、どうやって声を届けるのか。
頭師の最後の仕事は、人形に目を入れることだ。 透はその技術を使う。紗世のために彫った頭に、瞳を入れる。ガラスの瞳を通して、壁の向こうに声を届ける。 それが、透にできる唯一のことだった。
祇園祭、宵山の夜——。
七月十六日。壁が石化する期限の夜。 祇園囃子の鳴り響く京都で、すべてが動き出す。
嘉門は「面の儀式」を執り行い、紗世の壁を永久に封じようとする。 古堂は捜査の最終局面で、超常と合理のあいだに立たされる。 ツラヌシは面の部屋に保管された百枚の人工面を喰い始める。自分が空洞になる覚悟で。 透は紗世の頭を抱え、工房で鑿(のみ)を握る。
壁は、内側からしか開かない。 ならば、声を届けるしかない。 名前を呼ぶしかない。
——紗世の、本当の名前を。
〈登場人物〉
八坂透(やさか・とおる) ——三十歳、頭師。五条坂の工房で雛人形や市松人形の頭を制作する職人。左眼に「面」を視る異能を持つが、自分でもその力の由来を知らない。寡黙で不器用だが、一度決めたことは曲げない。亡き婚約者・紗世の素顔を求めて、人間の面と壁の謎に踏み込んでいく。
ツラヌシ ——面喰い。未完成の人形の頭を依代とする正体不明の存在。飄々とした口調で透に話しかけ、面を喰うことと引き換えに協力する。自身に素顔がないことを「別にどうでもいい」と嘯くが、物語が進むにつれ、自分の顔を探し始める。
紗世(さよ) ——透の婚約者。故人。穏やかで控えめな女性だったが、その正体は五枚の人工面に覆われた、過去を消された人間だった。壁の内側に本当の人格を閉じ込めている。「かね」「小梅」など、複数の名前と人格の痕跡が面に残されている。
鳳条院嘉門(ほうじょういん・かもん) ——五十八歳、実業家・茶人。京都の文化界の重鎮にして、裏では人身売買と面の人工操作を行う組織の長。「素顔は存在しない」という哲学を持ち、人間を面の集合体として支配する。左眼でも面を感知できない唯一の人物。
古堂誠一(ふるどう・せいいち) ——三十五歳、警部。合理主義者で、超常現象を一切信じない。紗世の戸籍偽造の捜査を端緒に透と接触し、嘉門の犯罪組織を追うが、面という超常的な概念と向き合うことを余儀なくされる。
嵯峨ふみ(さが・ふみ) ——七十三歳、拝み屋。京都の裏社会で霊的な事象を扱う老女。面・壁・空洞の概念を透に教え、助言を与える。飄々として掴みどころがないが、嘉門を「あの男には近づくな」と警告する。
須磨(すま) ——嘉門によって人工面を貼り付けられた少女。紗世と似た境遇にあり、壁の内側に本来の自分を閉じ込めている。透にとっては「もう一人の紗世」であり、紗世を救えなかった場合の最後の希望でもある。
八坂文(やさか・ふみ) ——透の妹。工房の財務と顧客対応を担当。兄の異能を知らないが、兄の変化には気づいている。日常と非日常の境界線を守る存在。
〈この物語について〉
舞台は昭和十年(一九三五年)五月から翌年早春にかけての京都・五条坂。 全四十話、四部構成。
第一部「頭(かしら)」——透の日常と左眼の能力。紗世の死と戸籍偽造の発覚。ツラヌシとの出会い。面の概念の導入。 第二部「面(おもて)」——紗世の面の剥離と過去の露出。嘉門との接触。人工面と人身売買の実態。壁の硬化と時間制限。 第三部「裏(うら)」——嘉門の屋敷への潜入。面の部屋の発見。古堂の捜査とふみの霊的支援。ツラヌシの変容。 第四部「素顔(すがお)」——祇園祭・宵山の夜の最終決戦。面の儀式の阻止。目入れによる声の伝達。壁の開放。そして、すべてが静まったあとの京都。
「人間の本当の顔とは何か」——この問いが全四十話を貫きます。
面を剥がせば素顔が現れるのか。面を重ねた先に本当の自分がいるのか。面を持たない者は人間といえるのか。 人形師が人形ではなく人間に目を入れようとするとき、そこに映るのは、誰の顔なのか。
京都の路地裏に響く祇園囃子と、工房に満ちる木屑の匂いのなかで、面と素顔をめぐる物語が始まります。
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