Synopsis

月の半分が空席の執務机を、十年間おかしいと思わなかった。 夫は王都出張だと言った。 辺境の領地経営は妻の仕事だと、誰も疑わなかった。 堤防を直し、帳簿をつけ、領民に慕われ、子供を育てた。 それが当たり前の日常だった。 ある日、王都で見つけたのは夫の別邸。 庭には見知らぬ女性と、夫によく似た子供がいた。 その女性の指には、五年前に夫が無くしたと言った指輪が光っていた。 三秒だけ目を閉じた。 目を開けた時、もう泣く気はなかった。 帰路の馬車の中で、侍女にひとつだけ告げた。 帰ったら引き継ぎ資料を作る、と。 三ヶ月かけて仕上げた資料は三百二十四頁。 十年分の仕事を紙に落とし込んで、全部返した。 一つ残らず。 領地を去る日、手元に残ったのは帳簿の写しと、隣国の技師から届いた五年分の書簡だけだった。 あの技師は、一度も余計なことを言わなかった。 約束の時間に遅れたこともなかった。 ただ書簡の末尾にだけ、不器用な一文を添えていた。 夫のいない領地で何が起きるのか。 帳簿に残された数字は何を語るのか。 五年間黙っていた技師は、なぜ黙っていたのか。 返したものの重さを、あの人はまだ知らない。

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Syosetu wo Yomou
Syosetu wo Yomou02/28/2026
  • Current夫が十年間「出張」と言い張った先に、もうひとつの家庭がありました