Synopsis
「大丈夫だろう」――その平穏な確信が、音もなく剥がれ落ちていく。
地方都市で事務職として働く佐藤健一(39歳)は、代わり映えのしない日常の延長として、穏やかな瀬戸内海を巡るフェリー旅を楽しんでいた。しかし、船は突如、海図にない岩礁へと座礁する。浸水もなく、空は晴天。乗客たちは避難した無名の孤島で、ピクニック気分で救助を待っていた。
だが、夜明けとともに異変が始まる。
潮が引いていく。それも、かつて誰も目撃したことがないほどの速度と規模で。
最初は「異常な干潮」だと思われていた。しかし、数時間経っても潮位は戻る気配を見せない。それどころか、海面は水平線の彼方へと遠ざかり、かつての海底は死の荒野へと姿を変えていく。
一人島を探索する佐藤が目にしたのは、水がないから死んだのではない、存在の「形」を維持できずに崩壊した魚たちの無残な姿だった。そして彼の目の前で、未開封のペットボトルから「水」という物質そのものが消失する。
世界から、水が存在できるという物理条件が消去され始めている。
人間を繋ぎ止めていた水分が失われ、人々が次々と砂の塵となって崩れ去る中、佐藤は理解する。これは天変地異ではない。宇宙が、地球という惑星に貸し与えていた「水という名の奇跡」を回収し始めたのだということを。
逃げ場のない乾燥した沈黙の中で、最後に残されたのは、かつて当たり前だと思っていた「水への無自覚な信頼」の残骸だけだった。
波の音が消え、大気が歪み、宇宙そのものがひび割れていく。
その極限の静寂の中で、事務職として「数値」を信じて生きてきた男が、最後に目撃した世界の真実とは――。
「昨日より、潮位が低い」
その絶望的な事実が、世界の終わりを告げる唯一の指標となった。
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