Synopsis

銀縁の丸眼鏡をした男が白鷺館の門をくぐった。 春の空気はまだ冷たかったが、頬を撫でてくる風に対して鬱陶しそうに軽く手を振るだけで彼は言葉を発することなくそのまま足を進めた。 男の名は、名倉響一。髪は黒く七三に分ければ整った髪型になるだろうに、無造作に撫でつけただけなのだろう、やや癖が目立っていた。濃紺の羽織の襟元からは白いシャツの端が覗き、灰色の袴の足元は黒の革靴という装いはどれも高価というわけではないが手入れが行き届いている。まるでこの日の為に下ろしたように。 響一は周りを見渡しながら進んでいく。石畳の道の両脇には枝垂れ桜が咲き始めていた。花びらはまだ硬く、風に揺れても散ることはない。だが、その蕾の間をすり抜ける風はどこか湿り気を帯びていた。遠くで誰かが炭を焚いているのか、微かに煤の匂いが混じっているのを感じ、響一は細い眉を一瞬だけ不快そうに上げたが、少し鼻をこすって気にしないように努めた。

Serialization Info

Web Novel

Service languages
Syosetu wo Yomou
Syosetu wo Yomou01/14/2026
  • Current『最後の音』