Synopsis

――「おい、蓮人。起きて仕事しろ!」 低い声に、意識がゆっくりと浮上していく。 ――あれ? 会社は? 納期は? 俺、昨日確かに九十日連続勤務の記録を更新して、家に帰って、カップ麺食って……死んだように寝たはず。 なのに、今、俺の頬をくすぐるのはエアコンの風じゃなくて、埃とカビと腐った魚の臭いが混ざった風だった。 目を開けると、そこは灰色の路地裏。崩れた石壁、倒れた木の樽、汚泥の川。 そして、目の前にはボロボロの服を着た少女が、じっと俺を見下ろしていた。   「レン、どうしたの?」   年の頃は十歳前後。短く切られた髪に煤がこびりつき、頬はやせこけている。 なのに、目だけは妙に澄んでいた。 言葉は知らないはずなのに、なぜか意味が分かる。いや、分かって話せる。 言語の壁が、存在しない。これはつまり……。   「異世界……ってやつか?」 「なにそれ。寝ぼけてる?」   少女――あとで名前が「ミラ」だと分かる――は、無表情のまま首を傾げた。 そして俺の服を指差した。 「……忘れた?ここはスラムだよ。」 「スラム……?」 「うん。王都のはじっこ。みんな捨てられたとこ。」   捨てられた。 妙に心に刺さる単語だ。 俺も、会社では「使い捨て要員」扱いだった。だから余計に、共感してしまう。   それからミラの案内で、スラムの暮らしを知っていった。人々は飢え、病気に苦しみ、盗みや暴力が日常茶飯事。水は濁り、パンは固く、衛兵はこの区域に入ってこない。生まれた時点で“生きる価値なし”と烙印を押される場所。 ……つまり、現代日本のブラック企業の比じゃない地獄だ。   「そういえば、レン。昨日、教会の人が言ってた。“スキルの無い者は生きる意味が無い”って。」 「スキル……?」 「うん。神様がくれる力。魔法とか、剣の技とか、回復とか。みんなスキルがある。でも、スラムの人はだいたい、無いか、役立たず」   ミラは淡々と言ったが、その声の奥には小さな諦めが混じっていた。 ――ステータス制度か。 ファンタジーでは定番だが、実際に直面すると笑えない。俺も、当然スキルなんて……。   ――《ステータスオープン》。   つい、呟いてしまった。 すると、目の前に淡い光のパネルが浮かび上がる。   名前:レン 年齢:13 職業:スラム民 レベル:1 HP:37/37 MP:12/12 筋力:8 体力:9 敏捷:10 知力:11 幸運:3 スキル:《鑑定》《廃品回収》   「……おお、マジで出た。」 「え? 何が?」 「ステータス見れた。」 「え? そんなの……教会の儀式道具がないと見れないはず……。」   ミラの瞳がまん丸になる。 俺はというと、画面の二つのスキルに目を奪われていた。   《鑑定》――対象の能力を視るスキル。希少。 《廃品回収》――不要になったスキル・アイテムを拾う。   「……え、なにこの地味なやつ。」 せめて《剣技》《火球》《回復》とかじゃないのか。よりによって、《廃品回収》って……。 名前の時点で、敗北感がすごい。   だが、ブラック企業で培った俺の雑草脳が、すぐに別の思考を始めた。 ――待て。 廃品、つまり“誰かが不要としたスキル”を拾えるってことだよな? 不要という言葉の定義によって意味合いが変わってくる。   「ミラ。俺、ちょっと試してくる。」 「どこ行くの?」 「ゴミ捨て場。」 「……変なの。」   スラムの外れ、腐臭のする丘。そこが“ゴミ山”と呼ばれていた。 食べ残し、壊れた道具――そして、“死体”。 人も物も、要らなくなったらここに捨てられる。   俺は深呼吸し、《廃品回収》を発動した。   「《廃品回収》――起動!」   瞬間、視界が淡く歪み、世界が“ざわめいた”。 耳の奥で、誰かの声が響く。   《いらない……もう、いらない……》 《死んじまったら、スキルなんて不要だ…》 《使えねぇスキルなんか……くれてやるよ……》   廃棄された意思が、地面から浮かび上がり、俺の胸に吸い込まれていく。眩しい光が弾け、システムメッセージが現れた。   【新スキル《悪臭耐性》を獲得しました】   「いらねえええええ!!」   初ドロップがこれかよ。 思わずゴミ山に突っ込みを入れる俺。 だが、すぐに気づく。 ――でも、ゴミ漁りには便利じゃね? ブラック企業で“臭う客先”にも耐えた俺にはぴったりだ。 それからというもの、俺は毎日ゴミ山を漁った。 《紐結び》《声真似》《微弱光》……。 ゴミみたいなスキルばかり拾う日々。 だが、それでも、少しずつ便利にはなっていく。 夜道を《微弱光》で照らし、侵入者を《紐結び》でつくったトラップで撃退し、《悪臭耐性(弱)》で臭気の中でも平然と飯を食う。 ミラは最初こそ呆れていたが、やがて言った。   「レン、最近……ちょっとすごい。」 「だろ? 俺は“廃品王”になる男だからな。」 「へんなの。でも、面白い。」   ミラが少しだけ笑った。 初めて見る笑顔だった。 その一瞬で、俺の心に“この子を守りたい”という感情が芽生えた。

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Kakuyomu12/19/2025
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