Synopsis
プロローグ
薄暗い小部屋で、ひとりの青年がラジオを聴きながら、黙々と広告のような紙を刷っていた。
ラジオは深夜枠の番組を流しており、今話題の行方不明事件について、タレントが都市伝説や神隠しと結びつけながら、雰囲気たっぷりに語っている。
──真実を知らぬ者は、気楽でいい。
いま、九州地方では“神隠し”と呼ばれる事案が多発していた。
「……さてと、これで新入生に配るパンフは一通り刷れたかな」
時刻は午前3時。
「明日」ではなく、すでに「今日」になったことを、青年はふと自覚する。
仕上がったパンフレットを、一枚ずつ丁寧にダンボールへと詰め込んでいく。
「……そろそろ、か」
築六〇年の木造住宅──通称“としけん”の部室は、降りしきる雨音に包まれていた。
まるで、その雨音に便乗するかのように、部屋の隅に置かれた黒電話が、けたたましく鳴り響く。
青年は、その音にも特に動じることなく、静かに受話器を取った。
「……そうですか。わかりました。すぐに支度をします」
低く、くぐもった声でそう答える。
その声は、もう誰にも届かないところへ沈んでいくようだった。
──入学式当日。
部室には、青年が用意したパンフレットだけが残されていた。
それが、彼の消息をたどれる最後の痕跡となった。
Serialization Info
Web Novel