Synopsis

プロローグ 君がいなくなった世界で  どうして人は、大切なものを失ってからでないと、その重さに気づけないのだろう。  当たり前に隣にいた笑顔も、ふいに肩が触れた温もりも、今はもう二度と戻らない。  桜が舞う季節になると 僕は決まってあの日のことを思い出す。  校門の前で、少し不安そうに立ちすくんでいた君。春の風に揺れる髪と、まっすぐに伸びる黒曜石みたいな瞳。――あの瞬間、僕の世界は静かに変わり始めていた。  夏の夜、浴衣姿で振り返った君は 花火よりも眩しくて。  秋の教室、咳をこらえて笑ってみせた君は 夕陽よりも切なくて。  冬の雪、白い吐息を弾ませながら僕の横を歩いた君は、どんな物語よりも美しかった。  四季は巡り、思い出は積み重なっていった。  だけど突然、そのすべてが 途切れてしまったんだ。  君がいなくなった世界は、音をなくし、色をなくし、ただ冷たく広がっている。  それでも僕は 立ち止まったままではいられない。  君と交わした約束があるから。  〈大人になったら、またこの桜の下で会おうね〉――あの日の手紙に綴られた文字が、今も僕を生かしている。  君のいない世界を歩くのは苦しい。  けれど、君を好きになった僕の心は、もう一度春を迎えるたび、確かにここで鼓動している。  涙に滲む桜を見上げながら、僕はそっと呟く。 「結衣……僕は生きていくよ。君を愛していたと、胸を張って言えるように」  ――これは、僕と君が過ごした たった一度きりの四季の物語。  そして、君がいなくなった 世界を生きるための、僕自身の物語だ。

Serialization Info

Web Novel

Service languages
Every Star
Every Star08/20/2025
  • Current君と過した日々